地方(群馬・高崎)に移住した理由

高崎駅東口付近

2021年の終わりに埼玉県草加市から群馬県高崎市へと引っ越した。草加市は3年くらい住んでいて、その前は東京23区の西側に10年以上住んでいました。

長らく1都3県に住んで仕事をしていたので、群馬に移住したことを話すとやっぱり理由を聞かれます。新型コロナの影響とか、妻の実家が群馬だから、といった感じでとりあえずは説明していて、これは嘘ではないものの単純にこれだけでもなかったりします。

東京はお金があると楽しい

長崎にいた高校生の頃は上京したくてしかたがなかったです。当時はインターネットの交流や情報も今ほど充実していませんでしたし、とにかく地方だと何も情報が得られず、かといって高校生では福岡や東京に出るのもハードルが高く、閉塞感がありました。

だから大学も東京にある大学を受験しました。大学入学を機に上京して一人暮らしを始めたときは期待に胸膨らませました。しかし、上京してすぐアパートの下階の住人に挨拶した際に、その方が言っていたことが今でも忘れられません。

「東京はお金があると楽しいよー」

そのときは「ふーん、そういうもんかー」くらいで気に留めることもなかったのですが、東京に暮らす期間が長くなればなるほど、心のなかで大きく響くようになってきました。

とにかく金がない。ちょっと便利で広いところに住もうとするとお金が足りない。演劇を見るにも、どこかに遊びに行ったり、おいしいものを食べるにもお金がかかる。それは地方でも当たり前にそうなのだけど、東京は選択肢が多い分、お金がないことの不自由さを強く感じさせました。

金をかけられれば、その分だけ楽しいというのは確かでもあるんですが。

東京圏出身者との感覚の齟齬 / 文化資本の格差

しかし、逆説的に選択肢が多い故にお金がなくても楽しいことが見つかるのも東京ではあります。それでも、どうしても解消できない引っかかりがありました。それは東京圏で生まれ育った人との感覚の違いでした。

僕は高校で演劇部に入っていて、上京して大学に入ってからも学生劇団で活動していました。その学生劇団で一緒に活動していた人に言われた言葉は、その感覚の違いを象徴するものでした。

学生劇団で周囲のみんなが上手だと思う反面、僕は地方だったし演劇部の顧問も演劇の指導ができるような人ではなかったので、環境が整ってなかった故の実力差もあると思っていました。それに対して横浜で生まれ育った彼は言ったのです。

「環境のせいにしちゃダメだよ。できるやつはできるんだから」

その時は違和感があっても言い返せなかったのですが、今なら言えます。彼は完全に間違っていると。

僕は地方では文化資本が高いほうの家庭だったと思います。本が家にたくさんあり、マンガも手塚治虫など過去の名作をたくさん読むことができました。小さい頃から映画館にはよく連れて行ってもらっていました。博物館や水族館、動物園、美術館にも行っていました。

それでも上京すると、地方にいることと東京圏にいることの文化資本の差を感じざるを得ませんでした。殊に演劇を含むサブカルチャーに関しては雲泥の差です。長崎市にはミニシアターは1館だけ、東京でなら観られる数多の演劇やライブは情報を見つけることすら困難でした。コミケなんて存在も知りませんでした。

実際に横浜出身の彼は高校時代に野田秀樹の演劇公演を観に行っていましたが、僕はNHK BSでそれを観るのがせいぜいだったのですから。だからやっぱり「環境のせい」はゼロではなかったと思うのです。

彼に言われたことの違和感はずっと引きずっていて、これも東京から僕の心を離れさせる遠因になったと感じています。

東京は仮住まいという感覚だった

そして、いつ頃からかは覚えていませんが、いつかは福岡で暮らしたいみたいなことはぼんやり考えるようになっていました。

長崎駅から博多駅まで2時間程度、福岡は長崎出身だと身近に感じる場所でもありました。そして長崎に比べると格段に都会ですし、食べ物はおいしくて東京ほど賃貸の相場も高くない。東京に行く用事があっても、福岡空港は都市部に近いので飛行機に飛び乗ってすぐに東京へ行けます。なかなかに理想的な場所だと思っていたのです。

とは言っても、具体的なことは何も考えていませんでした。しかし、東京でずっと暮らしたいわけではないということはハッキリと認識するようになっていきました。

一度目の転機は埼玉県草加市への引っ越し

「ずっと東京で暮らすのは違うな」という感覚を抱いたまま、ずっと東京で暮らしていましたが、転機が来ました。結婚前でしたが、現在の妻と一緒に暮らすことになり、住む場所を探しているときでした。

僕はすでにフリーランスで仕事をして長く、在宅ワークがほとんどだったので、妻の職場へのアクセスが良く、そこそこ広くて、安いというのが条件でした。この条件で探していると浮上したのが草加市の物件でした。

妻の職場最寄り駅へ乗り換えなしで40〜50分程度、上野や秋葉原へも1時間以内に着く、部屋も広くて家賃も安いし駅からも近い。内覧した日に申し込みをして、草加市で暮らし始めました。

上京してから23区外に住むのは始めてでしたし、各駅停車しか止まらない駅で、商業施設も多くない街でしたので、多少は生活で不便を感じるかと思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。

インターネットの進歩は大きいでしょう。情報を得たり、買い物するのもインターネットでできるし、東京に出ようと思えば出られる。僕が長崎にいる頃に感じていたような閉塞感を草加では感じることはありませんでした。

そうすると、考えるわけです。じゃあ東京圏にこだわる必要はあるのだろうかと。妻とも将来的には地方に住むのもいいね、という話をしたりもしました。

決定的なきっかけは、妻の仕事状況が変わったこと

草加市で暮らし始めて1年半が経った頃、新型コロナウイルスの感染拡大が起きました。僕はそもそも在宅仕事なので、それほど影響はありませんでしたが、妻には大きな影響がありました。解雇となったのです。

その後、ちゃんと職にはありつけましたが、大きな変化がありました。リモートワークとなったのです。

こうなってくると、地方に引っ越すのも俄然、現実的になってきました。僕は車の免許を持っていなかったので免許を取得して、2020年の後半からは具体的に考え始めました。

特にこだわりなく群馬・高崎を選んだ

そうなってくると、どこに移住するのか考えることになります。そこで頭にすぐ浮かんだのは妻の出身地である群馬でした。高校が高崎にあったので、高崎は馴染みがあるらしく、東京へのアクセスもいい。

僕も昔は福岡がいいなあと思っていたものの、もうこの頃には福岡へのこだわりはなくなっていました。そのため、妻の地縁があるというだけで、すんなりすぐに高崎へ引っ越そうということになったのです。

そして中古マンションを調べて、購入して、リフォームして……無事に2021年の終わりに高崎へと引っ越しを済ませたのでした。

インターネットといつでも色んなところへ行けるんだという気持ちを持っていれば閉塞感はない

引っ越して1年近く経ちますが、部屋も広くなったし、景色も空気もいいし、生活でも仕事でも困ったことはありません。近くのお店にないものはインターネットで買えばいいですし、いろんな情報や交流もインターネットで得られます。

それに、東京へ頻繁に出るのは時間的にも金銭的にも避けたいところですが、いざ行こうと思えば東京にも、日本全国・海外どこにだって行けます。だから閉塞感を抱く必要なんてない。いつでも行けるんだ、という気持ちが大事だと感じます。

実は、今年は既にドイツと韓国に行きました。アメリカへ行く予定もあります。国内の旅行もいくつかしました。

群馬の生活も楽しいです。広々ゆったりして緑があるし、野菜もおいしい。人はどこも変わらずですね、いい人もいるし悪い人もいます。

自分で環境を変えられる大人になる

「お金があると楽しい」のは東京でも地方でもかわらないし、「環境のせいにしちゃダメ」なのは「環境は変えれば」いいからなのだと思います。

子どものころはなかなか自力で環境を変えられないことも多いです。耐えなければいけないときもあるかもしれません。でも、大人になったら、住む環境や働く環境などは自分で変えられる可能性が広がります。そのためには自分で様々な責任を負わなければいけませんが。

僕はこういう自分で決められる自由さが好きなので、そのためなら責任やリスクは積極的に負っていきたいのです。高崎に引っ越すのも当然、すべてがうまくいくとは限りませんでしたし、実際うまくいっていないこともないわけではありません。それでも、やっぱり引っ越して良かったなと思っています。

森 慶太

森 慶太

Web・コンテンツ・情報デザイナー / Webディレクター
群馬県