ぼくは赤緑色覚異常なので色がわからない(本当に?)
今年の初めにこういうマンガを描きました。そんなに長いマンガでもないので、まず読んでもらえるとありがたいです。
短編マンガ「カラーピッカー」
色覚異常者は「どんな感じで見えていない」のかを伝えがちである
これは赤緑色覚異常(赤緑色盲)のデザイナーを主人公とした短編マンガですが、ぼく自身も軽度の先天的赤緑色覚異常の当事者です。そうであることを伝えると、どんな感じで見えているのかを聞かれることがあります。実はけっこう答えに困る質問です。
まず、ぼくは「普通の人たち」がどのように見えているのかがわかりません。そのため、どのように色が違って見えているのかを具体的に伝えることは難しいのです。しかしそれでも先の質問に答えるべく「普通の人たち」との違いをなんとか探そうとするとどうなるのか。
「見えていないもの」を伝えることになります。
「普通の人たち」と比べて見えていないと思われるシーンに思い当たり、それを差異として伝えるのです。短編マンガ「カラーピッカー」でも例示されている「肉の焼き加減がわからない」みたいなことですね。これはよく聞く事例で「思えば遠くにオブスクラ」(靴下ぬぎ子 著 / 秋田書店)というマンガでも似たようなシーンがあります。色覚異常である主人公が肉の火の通り具合について聞かれて、答えを濁します。
つまり「普通の人たち」ができて、自分ができないこと、不便であること——つまり劣っていること——それだけを伝えることになってしまうのです。
電車の運転手さんにはなれない色覚異常者
自分が劣っている、自分にできないことがある、それに直面するシーンは他にもあります。例えば、ぼくの小さいころの夢は「電車の運転士さん」でした。電車の図鑑を見ることが好きで、プラレールやNゲージといった電車のおもちゃも好きでした。小学校の高学年の頃にはなんとなくこの電車の運転士への気持ちは自然消滅していましたが、そもそもこの夢は叶うのが難しいものだったのでよかったと思います。そう、鉄道の運転士になるには色覚検査があるからです。
1875年にスウェーデンのラーゲルルンダで鉄道の衝突事故がおきました。11月15日の夜に急行列車同士が正面衝突、多数の負傷者と運転士含む9名の死亡者を出す大事故でした。
スウェーデン最古の大学ウプサラ大学の生理学教授であるホルムグレンは死亡した運転士か機関士が色盲だったために「止まれ」の赤信号を「進め」の白信号と見間違えたて事故が起きたと考えました。そして、1877年には「鉄道と海運との関連における色盲について」というタイトルでその内容を著しました。これが各国語に翻訳されたことを端緒として世界中の鉄道で色覚検査が導入されるようになり、色覚異常者は鉄道の運行から排除されていったのです。
色覚異常者の不便さ、職業制限の存在を聞いたとき「普通の人たち」は色覚異常者を「できないことがある人たち」と捉えざるを得ないのではないでしょうか。
そして色覚異常者自身も自分に「弱点がある」ように捉えます。
普通の色覚の人たちだけが優れているというわけではない
さて「『色のふしぎ』と不思議な社会 2020年代の『色覚』原論」(筑摩書房 / 川端裕人 著)という本のなかでおもしろい研究が紹介されています。
広鼻猿という分類の猿はヒトと同じように2色型と3色型の色覚を持った個体がいるそうです。2色型がヒトで言えば色覚異常にあたります。それぞれの個体の色覚タイプを把握したうえで行動を観察するという研究が行われました。その結果、ある面では3色型に優位性があるものの、一方で2色型が優位性が持っている面もあったそうです。
- 3色型だと果物を探して食べることにおいて優位性がある
- しかし、2色型も年齢とともにおそらく経験を積むことで3色型に近い採食効率を実現できることがある
- 2色型はカモフラージュされた昆虫などを見つけて食べることについては優位性がある
この2色型 = 色覚異常者の優位性ですが、広鼻猿だけのことだと思われそうですがそんなことはなく、狭鼻猿という分類の猿でも同様であるそうです。そして、このカモフラージュに対しての優位性ですが、人間の場合についても似たようなエピソードがあります。
「カラーピッカー」の中でも出てきた石原表という色覚検査危惧の開発者である石原忍は、赤緑色覚異常者が様々な職に向いていないことを論じつつ、一方でその優位性も説きました。赤緑色覚異常者は青や黄色の色覚に敏感で、迷彩偽装された大砲や戦車の発見に長けているというのです。
色覚異常者は実は劣っているだけではなかったのです。
普通の人たち = 多数派の基準でシステムは作られてしまう
さて先に紹介したラーゲルルンダで鉄道の衝突事故の話ですが、実は続きがありました。20世紀末から事故原因の再検証する研究が行われるようになりました。2012年の「ラーゲルルンダ衝突事故と色覚検査の導入」という論文では徹底的に再検証が行われ「色盲がラーゲルルンダ事故で中心的な役割を果たしたと言うことはそれほどたしかではない。(略)色盲が事故を引き起こしたのだというたしかな証拠は存在しないため、われわれは、それは唯一の原因ではなかったのだと強く確信している」と結論づけられたのです。
色覚異常が事故の主原因でなかったのなら、色覚異常者は鉄道の運行から排除したこと自体にも疑問符がつけられるかもしれません。とは言え、色覚異常者の排除を前提として長い時間をかけて作り上げられた信号システムを今さら組み替えることは安全面から考えても難しく、しばらくこの排除は維持されるのでしょう。
しかし、鉄道の信号システム自体が色覚異常者でも明らかに判別できることに疑いの余地がないものであれば、この排除も生まれなかったであろうとも思えます。
これは鉄道の信号システムに限りません。色覚異常者が劣っているというのはあくまでも「普通の人たち」中心で社会が作られていて、多数派である「普通の人たち」が基準となっているからに過ぎないのです。
多数派中心で物事が進むことで、疎外されてしまう人たちがいる
2024年12月16日、新規のSNSサービス mixi2 が発表されました。突如の発表ではありましたが、よく作り込まれた印象のあるアプリであり、 X(旧Twitter上)でも好意的な反応をよく見ました。しかし、一方で mixi2 を使えない、疎外されてしまった人々の声も見つかりました。
このようなことは他のサービスやアプリでもあり mixi2 に限ったことではありません。
ではなぜ見過ごされたままリリースされてしまうのか。やはりこれも「普通の人たち」中心で社会が作られているからではないでしょうか。
デザインは民衆により、民衆のために作られる
ラーゲルルンダの鉄道事故と同じ時代、イギリスでは近代デザインの父とも称されることのあるウィリアム・モリスが芸術と生活を統一するという精神でデザイン活動を行っていました。そのモリスは「民衆の芸術」と題された1880年の講演でこう語りました。
民衆の芸術(ウィリアム・モリス 著 中橋 一夫 訳 / グーテンベルク21)25ページ
産業革命によって資本家が機械を導入した工場を経営し、そこで労働者を雇用して商品を生産するようになりました。資本家が労働者の使用で富を増やして華美な調度品に囲まれて生活するようなる一方、労働者階級は劣悪な環境で働き粗悪な製品を使って生活していました。少数の富裕層のみに美的で良質な製品が独占されているような状況をモリスは憂えており、講演で「民衆のための芸術」を訴えたのでした。
より多くの人がより美的で機能的な製品を利用してよりよい生活を送れるようになる。そんなモリスの思想から端を発してデザインのモダニズムは進んでいき、約40年後のバウハウスでは工業デザインが機能的かつ美的な製品が大量生産されるようになりました。そして「民衆の芸術」から140年以上を経た現代では様々な個人の嗜好に対応できるような多品種生産やデジタルプロダクトのパーソナライズ機能などが提供されるようになりました。
ここにおいてモリスの理想は達せられたと錯覚しそうになりますが、そんなことはありません。
モリスは「民衆により、民衆のために作られる芸術」を目指しました。民衆には色覚異常者もmixi2 を使えない、疎外されてしまった視覚障害者も含まれるはずです。
そう、デザインにはまだ達成できていないことがたくさんあるのです。そのために、ぼくもあなたも色覚異常者も視覚異常者も多数派も少数派も一緒になって作っていくことが必要なのです。
さて、そういえばこの記事は Goodpatch Anywhere アドベントカレンダー21日目の記事でした。ぼくは Goodpatch Anywhere でいろんな人たちとデザインを作っています。 あなたも一緒にデザインを作ってみませんか?
マンガ「カラーピッカー」の紙の本は以下で購入できます
https://paruhiko.booth.pm/items/5064737
参考文献:
- 「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論(川端裕人 著 / 筑摩書房)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480860910/ - 〈色盲〉と近代 十九世紀における色彩秩序の再編成(馬場 靖人 著 / 青弓社)
https://seikyusha.stores.jp/items/5ec766420fe7196cca8e61b4 - 思えば遠くにオブスクラ 上・下(靴下ぬぎ子 著 / 秋田書店)
https://souffle.life/author/omoeba-tookuni-obscura/ - 民衆の芸術(ウィリアム・モリス 著 中橋 一夫 訳 / グーテンベルク21)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0957PMV1G/
Comments ()