なぜ女性デザイナーは意思決定層に少ないのか —— 時間の制約という壁と、それを「ひらく」力
2年くらい前から フリーランスとして個人で仕事を請け負いつつ、 Goodpatch Anywhere というチームでも仕事をするようになりました。Goodpatch Anywhere はフルリモートのデザインチームで、場所と時間の自由度が高い柔軟な働き方が特徴のひとつです。
Goodpatch Anywhere なのですが、女性が多く活躍しているように感じています。ぼくが今年 Goodpatch Anywhere で参加したプロジェクトでは、自分以外のメンバーはほぼみんな女性だったと記憶しています。
ただ、そもそもデザイナーは女性のほうが多いということもあります。
女性デザイナーは多いのに、リーダーは少ない
公益財団法人日本デザイン振興会が発行している「デザイン白書2024」を見てみます。
https://www.jidp.or.jp/2024/06/04/wpd2024

女性80,610人(54.9%) 、男性 66,350人(45.1 %) となっています。「思ったより多くないな……」というのが個人的な感想ではありますが、やはり女性のほうが少し多いことがわかります。
また、女性は派遣社員やパート・アルバイトといった非正規の割合が多いことにも気づきます。
そして一方で「役員の数」に目を向けると、女性 5,450人(30.3%)に対して 男性はなんと12,560人(69.7%)! 総数では女性の方が多いのに、意思決定層になると逆転し、男性が女性の2倍以上を占める。この逆転現象はなぜ起きるのでしょうか。
全体としては女性が多いが意思決定層では男性が多いというこの歪な構造は、別のデータでも示されています。表現の現場調査団がまとめている「ジェンダーバランス調査報告2022」を見ていきます。

美術系大学の学生は全体的に女性の比率が高く、デザイン系では女性が67.4%、男性が32.6%となっています。就業しているデザイナーより女性の割合が高いですね。女性のほうがデザイン系の大学を卒業してもデザイナーを続けていない人が多いということが推測されます。

次に東京藝大と関東圏の主要な私立美大のジェンダーバランスを見ています。学生の女性率が高いのは、先の政府統計と同じ傾向です。ここで着目すべきは教授の男性率の高さです。男性が80.8%、女性が19.2%とデザイナーの役員の数と同様に著しく男性の割合が高くなっています。

デザイン関連の主要な賞でも同じような歪んだ構造が見て取れます。審査員は85.8%が男性となっており、役員や教員より男性の割合が高くなっています。興味深いのは「JAGDA国際学生ポスターアワード」という学生を対象にした賞の受賞者総数は学生比率と同じく女性の割合が高くなっています。


しかし、これがJAGDA新人賞(39歳以下対象)となると、役員や教員の数と同じように男性が70%と逆転します。

デザイン系の学生の数、デザイナーの総数は女性のほうが多い。しかし、役員、教員、賞やコンペの受賞者など、権威的な立場においては男性比率が高く、女性が少ないという構造になっていることがわかります。
出世の条件は長時間労働? データで見える構造的な壁
これまでのデータから、女性が何らかの理由によって意思決定層になれない壁があることが推察されます。
さて、それではどういった人が意思決定層になりやすい = 出世しやすいのか。これについて興味深いデータがありました。リクルートワークス研究所による、労働時間と昇進確率の関係を分析した記事です。


若手期(25~34歳)の労働時間が長かった者は役職付きになる確率が高くなっており、「ハードワーク」することが出世に好影響を与えていると言えます。また、女性のほうが働く時間が長かった人の割合が低いというデータも示されています。

女性の意思決定層の割合が少ないことについて、長時間労働する人の割合が少ないため出世する人の割合も少ない、という理由が考えられます。
「男は仕事、女は家庭」が奪う、デザイナーの時間
なぜ女性のほうが長時間労働をする人が少ないのか、これは「男は仕事・女は家庭」といった固定的な性別役割分業意識が根強く残っているからのように思います。
総務省統計局の出している「我が国における家事関連時間の男女の差 ~生活時間からみたジェンダーギャップ~」という資料を見てみましょう。
https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/190.pdf
どの年齢層でも女性のほうが家事関連時間に費やす割合が高くなっています。

共働き世帯でも、妻の家事関連時間が4倍近く高くなっていることがわかります。

「6歳未満の子供を持つ夫婦」は20代後半から30代後半までの世代が多いのではないかと思いますが、先の労働時間と昇進確率の関係を分析した記事で若手期として定義されていた「25~34歳」と大きく重なることがわかります。
デザイン系学生の女性率(67.4%)からすると、就業しているデザイナー全体の女性率(54.9%)が少ないこと、就業している女性デザイナーは非正規の割合が高いことも家事の差が影響しているように思えます。
「デザイン白書2024」によると、直近5年のデザイナーの月間の総労働時間は約180時間程度(p. 340)とのことです。厚労省の「令和7年版 労働経済の分析」によると、従業員5人以上規模の事業所における労働者一人当たりの2024年の月間総実労働時間は137.0時間、一般労働者の月間総実労働時間は162.3時間(p. 51)とあります。デザイナーの労働時間は長く、家事に時間を割きながら正規雇用で働くのが難しい状況の女性がいるであろうことが容易に想像がつきます。
クリエイティブで実力主義に見えるデザイン業界であっても、結局は労働時間の長さが評価や機会の獲得に繋がっているのではないかと思われます。
固定的な性役割意識によって女性が家事労働を多く担わされて長く働けない、そしてそのことが出世を妨げる。これが女性デザイナーが意思決定層になれない壁の正体なのではないでしょうか。
「ワークライフバランスを捨てる」が、組織を壊すリスク
今年、「私自身がワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働きます」という発言が話題になりました。個人の仕事観としては尊重されるべきですが、これを組織のリーダーが「正解」として発信してしまうことには、危うさも孕みます。
意思決定層が「働きたい人はドンドン働こう」というメッセージを発信する。働きたいだけ働いて、実際に長時間働いている人たちが出世していく。
しかし家事に時間を割かれて長時間働けない人もいます。こういった「働きたいけど働けない」「何らかの事情があって長時間働けない」人たちは、「長時間働けない」ために出世できないと考えてしまう。その結果、仕事への意欲を失ったり、離職する人もいるかもしれせん。
一方、長時間働ける人たちの視点に立っても、経営者やリーダーが「働いて働いて働いて働きます」「働きたい人はドンドン働こう」とメッセージを送ることは重荷になるように思います。「長時間働かないと出世できない」という状況があり、意思決定層が率先してワークライフバランスを捨てるような発言をしている。そうすると「つらくても出世のためにはとにかく働かなければいけない」という意識を持つ人も出てきます。
先に紹介したリクルートワークス研究所の記事でも、働く時間が長かった人は高ストレスにさらされやすいというデータが示されています。

さらに、厚労省の「令和5年度過労死等防止対策白書」では労働時間が長くなればなるほど、うつ傾向が強まるという調査結果が示されています。

リーダーが長時間労働を肯定して促すような発言をすることは、長時間働ける人に精神的な負荷がかかる可能性が高いですし、長く働けない人は働く意欲を大きく削がれるでしょう。
柔軟な働き方と、「平場」というカルチャー
さて、Goodpatch Anywhere の話に戻りましょう。いろいろなデータを見て考えるにGoodpatch Anywhereで女性のデザイナーが活躍しているのは、その自由度によるところが多いのでしょう。フルコミットからハーフコミット、1日2時間だけなど働く時間は柔軟です。時差がある海外から参加している人たちもいます。

そして、カルチャーデックの「平場をつくろう」「みんなでやろう」に象徴されるように、長時間働いている人が偉いということもなく、一人ひとりがそれぞれの力を発揮することがチームの力になるのだという価値観があります。
この価値観のおかげで、Goodpatch Anywhereには様々な背景、いろんなキャリアを持った人が集まっています。Goodpatch Anywhere Advent Calendar 2025 を見るとその多様さの一端を感じられるのではないでしょうか。

Goodpatch Anywhereは働き方の柔軟さとそのカルチャーによって、様々な人が活躍できる環境が整っているため、女性デザイナーも活躍しているのでしょう。
「ひらく力」で、壁は壊せる
ちなみにGoodpatch Anywhereの事業責任者も女性です。Goodpatchの役員・アドバイザリーボードにおける女性比率はまだ途上(2025年12月現在、女性が14人中2人)ですが、Anywhereという組織のリーダーシップは彼女に託されています。
最後にその事業責任者の小澤さんの記事を紹介して、本稿を締めたいと思います。記事の中でデザイナーには「ひらく力」があると語っています。

デザイナーの価値は、この複数の視点を用いて、異なる人々や組織の壁を壊し、新しい関係性を「ひらく」ことにあると確信するようになりました。
Goodpatch Anywhereは、地理的、時間的な制約を乗り越えることで、女性の活躍を阻んでいた「壁」を壊しました。壁がなくなれば、育児中の人、副業人材、海外在住者など、多様な背景を持つ人々が集まります。そうして生まれた組織的、領域的な「越境」が、今のAnywhereの強さです。
デザイン業界には依然として、歪なジェンダーバランスや、長時間労働を前提とした構造が存在していることはデータを見ても確かです。 しかし、デザイナーには「ひらく力」があります。 働き方をデザインし、可能性をひらく。そうやって意思決定層に立つデザイナーが増えていけば、古い壁は必ず壊されていくと信じています。




Comments ()