役には立たないが、デザイン史の漫画を描いている
情報デザイナー・IAの森慶太です。Goodpatch Anywhere に参加して1年くらいになります。
ぼくは漫画を読んだり描いたりするのが好きです。
最近良かった漫画は月並みですが「葬送のフリーレン」です。「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」もいいですね。単行本はまだ出ていませんが「やがてひとつの音になれ」は楽しみな作品です。
昔の作品だと「ブラックジャック」と「ヒカルの碁」は何度も読み返しているマンガです。
デザイン史の漫画を描いているが、特に仕事の役には立たない
描くほうについて、ここ数年は「降霊で学ぶデザイン史」というシリーズを描いています。近代デザイン史上で著名な人物をキツネが降霊して、ペンギンとシロクマがあれこれデザインについて尋ねるという漫画です。
近代デザインの父ウィリアム・モリス、アール・ヌーヴォー期のガラス工芸家エミール・ガレ、モダニズムの先駆けとなった建築家チャールズ・レニー・マッキントッシュの3人をこれまでに描いてきました。調べるのも骨が折れるし手が早いわけでもないので、時間がとてもかかって大変ですが楽しいです。
なぜデザイン史の漫画を描くのかについては以前記事を書きました。
そちらに書いてあるとおり今すぐに何か役に立つものとも思っていませんでしたが、実際に仕事で活きたという経験はやはりありません。「自分なりデザイン観を持つため」とか記事で書いていましたが、まだそんなところまで至っていないというのが正直なところでもあります。
まあそれでも楽しいのでこれからもぼちぼちやっていくのですが、久しぶりに「ヒカルの碁」を読み返していて、デザイン史の漫画を描くことについて気づいたことがありました。
「遠い過去と遠い未来をつなげるために、そのためにオレはいるんだ。」
佐為が消えてしまうシーンなど「ヒカルの碁」で好きなシーンはいろいろあるのですが、一番好きなのは最終回です。
ヒカルは韓国の若手トップ棋士である高永夏(コ・ヨンハ)との対局前、なぜ本因坊秀策にそんなに執着するのか、高永夏から尋ねられます。ヒカルはそれに対して、
こう言いかけたところで時間となり、2人の対局が始まります。
下馬評では高永夏が勝つと思われていた対局は、周囲の予想に反してヒカルが健闘します。ヒカルと高永夏の間で半目が揺れ動く接戦となり、ヒカルは最後まで食らいつくも敗れてしまいます。
対局を通じてヒカルの力を認めた高永夏は、対局前にヒカルが何を言おうとしていたのか、改めて尋ねます。
ヒカルは韓国語がわからないのでキョトンとしますが、となりにいた洪秀英(ホン・スヨン)が日本語でフォローします。
ヒカルは負けた悔しさで涙を浮かべながら答えます。
ヒカルは自分に取り憑いていた平安時代の天才棋士・佐為のことを脳裏に浮かべていたでしょう。ヒカルの秀策へのこだわりも本因坊秀策にも佐為が取り憑いていたということに端を発していますから。
ヒカルの言葉を聞いた高永夏は、韓国語でこう言ってその場を去ります。
実利や勝敗を越えたところにあるもの
昔のデザイナーを降霊するというのと、過去の天才棋士の霊が取り憑くというのは要素としては少し似ている気がします。気がするだけかもしれないけど。
ただそれよりも「遠い過去と遠い未来をつなげる」という言葉、何度も読んでいる言葉なのですが、これが改めて深く響きました。
以前、デザイン史の漫画を描く理由として「未来のために歴史を学ぶ」と書きましたが、違うのではないか。未来がどうなるかを予測したり、予測できないことに対処できるようにするためというような、実利のためではないのではないか。そう感じました。
プロ棋士は勝敗が必ずつく世界です。しかし「遠い過去と遠い未来をつなげる」という意志はその勝敗を越えたところに存在していて、棋士たちがその意志を共有している。もちろん負ければ悔しいのですが、勝ち負けを追求することだけが囲碁を打つ理由ではないのです。
すべての人が歴史につながっている
さて「ヒカルの碁」の最終話について、もう少しだけ続きのシーンの話をしましょう。
ヒカルと高永夏、2人のやりとりを見ていた彼らより年長である中国の棋士・楊海(ヤン・ハイ)は、彼らの言葉を青臭いガキのセリフだとバッサリと切り捨てつつ、こう言います。
「なぜ碁を打つのかも、なぜ生きてるのかも、一緒じゃないか」
楊海がこの台詞を言っているというのが、なかなかに味があります。なぜなら楊海は17巻で「神の一手はコンピュータから生まれる」とも言っているからです。
それではコンピュータから神の一手が生まれるとしたら——現にAIがプロ棋士に勝つ時代になりましたが——、それでもなぜ人は碁を打つのか。人はみな、人類が遠い過去から連綿と紡いできた歴史の一糸だからではないでしょうか。
もしかしたら、その糸は今後AIへとつながっていくのかもしれませんが、人の営みなしではつながらなかったはずです。
過去の著名なデザイナーは、歴史の中で目立つ太い糸なのかもしれません。デザイン史を学んでマンガを描いていると、その太い糸にも複数の細い糸が絡んでいたということにも気づきます。
そして、すべての人がデザインにつながっている
太い糸に絡んでいる複数の細い糸、それはデザイナーだけではありませんでした。チャールズ・レニー・マッキントッシュの代表的建築であるヒルハウスも、施主ブラッキーの注文がなければ生まれなかったでしょう。もちろんブラッキーはデザイナーではありません。
そして、現代はその頃より多くの人がデザインにつながるようになっています。デザインのプロセスでユーザーインタビューを行うことは当たり前になりましたし、参加型デザインで価値を創造するという手法もとられることがあります。
デザイン経営やデザインシンキングといったかたちでデザインの手法を用いて、従来のデザイン領域外で非デザイナーもイノベーションやクリエイティビティを生むといったことも増えています。
生活の中での様々な行動がロギングされていて、そのデータがデザインを創るときに参照されていたりもするかもしれません。
今は誰もが何かしらのかたちでデザインにつながっているのです。
さて、そういえばこの記事は Goodpatch Anywhere アドベントカレンダー11日目の記事でした。デザインに関わるすべてのみなさん、Goodpatch Anywhere とつながってみませんか。
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